福岡地方裁判所小倉支部 昭和42年(ワ)299号 判決
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〔判決理由〕ところで原告は本件土地の所有権はその宅地化と同時に原告に帰属したと主張するのに対し被告らは宅地化を争い知事の許可がない以上原告は所有権を取得しない旨主張するので考えるに、当裁判所は農地を目的とする売買契約締結後該地が買主の責に帰すべからざる事由を主因として宅地化した場合には右売買契約は宅地化と同時に知事の許可なく完全に効力を生ずると解するところ、<証拠>を総合すれば本件土地は国道十号線沿いの交通頻繁な場所近くに位置し、公簿上の地目は田であるが、現実には原告が買受けた昭和三十四年三月三十一日当時既に農耕地として利用されておらず屑捨場等として放置された荒蕪地であつたが、翌三十五年五月頃麦作のため従来国道より二間位低い位置にあつたのを国道の高さに埋立て地盛りし、江坂熊吉らにおいて一時麦作を試みたがそれも永続きせず従前の荒蕪地の状態に戻ると共に商業地、住宅地として周囲の開発が進む等客観的事情の変化に伴い次第に物品置場、駐車場、一時使用の倉庫敷地等に利用され(昭和四十二年六月三十日頃江坂熊吉らにおいて一時偽装的に畑地化したことはあつたが)、遅くとも昭和三十九年一月十一日頃には完全に宅地に変貌したこと及び右宅地化は主として当時本件土地を使用収益していた江坂熊吉の所為に基因するものであることが認められ、右認定に反する証人江坂博の証言は前掲各証拠と対比して措信できず他に右認定を覆す証拠は存しないところからすれば、本件土地についての前記売買契約及び貸借契約は右宅地化の昭和三十九年一月十一日をもつて知事の許可なく効力を生じ、原告は本件土地の所有権を取得し、江坂熊吉は貸借上の権利を取得するに至つたというべきである。<中略>
しかして原告は本件土地についての原告江坂熊吉間の貸借関係は使用貸借である旨主張するのに対し被告らは本件土地についての公租公課をもつて賃料とする賃貸借であると抗争するので考えるに、前顕証人岡崎春太郎(第一、二回)、同岡崎貞茂(第一回)の各証言を総合すれば、原告はその父岡崎春太郎が江坂熊吉と宗旨を同じくし個人的に深く信頼する間柄であつたところから本件土地を江坂に預けて使用耕作させたが、その間江坂において承諾の上本件土地についての公租公課一切を負担支払う外同人からなんらの金品その他経済的利益を受けてないことが認められるのであつて、右認定の事実に徴すれば江坂が負担した本件土地の公租公課等は、本件土地使用の対価というより原告江坂間の個人的関係に基く謝礼の性質、程度をでないものと認めるが相当であり、その貸借関係は賃貸借でなく使用貸借であるといわなければならない。 (鍋山健)